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東京地方裁判所 平成8年(ワ)7356号 判決

原告

株式会社荏原電産

右代表者代表取締役

【A】

右訴訟代理人弁護士

平山正剛

卜部忠史

福島昭宏

右訴訟復代理人弁護士

鈴木健二

右補佐人弁理士

【B】

被告

株式会社アルメックス

右代表者代表取締役

【C】

右訴訟代理人弁護士

中村智廣

三原研自

右補佐人弁理士

【D】

【E】

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告は、別紙物件目録記載の「エッチング液溶解硫酸銅の回収装置」を製造、販売してはならない。

二  被告は、原告に対し、金一億円及びこれに対する平成八年六月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、エッチング液移送循環装置に関する実用新案権を有する原告が、被告による別紙物件目録記載の「プリント基板銅メッキラインに使用されている治具剥離硫酸銅回収システム」(以下「イ号物件」という。)の製造販売が、右実用新案権を侵害しているとして、被告に対し、イ号物件の製造販売の差止め及び損害賠償を求めている事案である。

一  争いのない事実

1  原告は、次の実用新案権(以下「本件実用新案権」といい、第1項記載の考案を「本件考案」という。)を有している。

名称 エッチング液移送循環装置

出願日 昭和六二年七月一日

出願番号 実願昭六二─一〇〇〇二四

公告日 平成三年一一月二八日

公告番号 実公平三─五四一四〇

登録番号 第一九三〇二一二号

実用新案登録請求の範囲第1項

「エッチング液に溶解した銅を冷却晶析法により硫酸銅結晶として回収した後このエッチング液を再使用するためにエッチング槽と硫酸銅回収装置とを循環経路にて連結した装置において、前記循環経路中の前記硫酸銅回収装置から前記エッチング槽への返送経路中に前記硫酸銅回収装置の近傍に設置され加熱手段及び攪拌手段を備えた中間槽を介在せしめ、この中間槽から前記エッチング槽に至る部分の返送経路に保温手段を付設したことを特徴とするエッチング液移送循環装置。」

2  本件考案は、エッチング液移送循環装置に係り、その構成要件は次のように分説することができる(以下「構成要件A」などという。)。

A エッチング液に溶解した銅を冷却晶析法により硫酸銅結晶として回収した後このエッチング液を再使用するためにエッチング槽と硫酸銅回収装置とを循環経路にて連結した装置である。

B 前記循環経路中の前記硫酸銅回収装置から前記エッチング槽への返送経路中に前記硫酸銅回収装置の近傍に設置され加熱手段及び攪拌手段を備えた中間槽を介在せしめている。

C この中間槽から前記エッチング槽に至る部分の返送経路に保温手段を付設している。

3  被告は、イ号物件を製造販売している。

4  イ号物件は、「プリント基板銅メッキラインに使用されている治具」に析出した銅をエッチング液により溶解し、このエッチング液に溶解した硫酸銅を硫酸銅結晶として回収するプリント基板銅メッキラインに使用されている治具剥離硫酸銅回収装置に係り、その構成は次のように分説することができる(以下「構成①」などという。)。

① プリント基板銅メッキライン治具に析出した銅をエッチング液で溶解する治具剥離槽11'を有する。

② 上記エッチング液に溶解した銅を冷却晶析法により硫酸銅結晶として晶析する結晶缶1'を有する。

③ 上記結晶缶1'に析出された硫酸銅結晶を回収する遠心分離機1a'と、フレコンバック1c'と、濾液槽15'とを有する。

④ エッチング液を再使用するために治具剥離槽11'と結晶缶1'、遠心分離機1a'、及び濾液槽15'とを循環経路で連結している。

⑤ 上記結晶缶1'及び遠心分離機1a'の近傍に設置された濾液槽15'は、加熱手段たるスチームヒーターからなる加熱器19'及び温度センサ20'、攪拌手段たる攪拌機21'及び液面計22'を備えると共に、エッチング液調整手段である硫酸銅の補給液貯槽23'と、過酸化水素の補給液貯槽25'と安定剤の補給液貯槽27'とが、それぞれポンプ24'、26'、28'を介して接続されている。

⑥ 上記濾液槽15'から上記治具剥離槽11'に至る部分の返送経路たる返送配管18'には保温手段たる保温ジャケット18'が付設されている。

5  被告は、昭和六一年二月ころ、新潟凸版印刷株式会社(以下「凸版印刷」という。)から銅剥離回収装置(以下「別件装置」という。)の製造・設置の引合いを受け、当時銅剥離回収装置に係る技術を有していた原告と共同で、別件装置の仕様を検討した。

被告は、原告から、遅くとも同年五月初めまでに、原告が当時既に実施していた硫酸銅回収装置のフロー図面を受け取り、そのフロー図面をそのまま添付して、別件装置の仕様書(以下「本件仕様書」という。)を、昭和六一年五月七日付けで作成し、同月一五日、凸版印刷に対して渡した。

6  別件装置は、本件考案の実施例と同一であり、本件仕様書には、本件考案の全ての構成要件が記載されている。

二  争点

1  イ号物件が本件考案の技術的範囲に属するといえるかどうか

(原告の主張)

(一) イ号物件の「銅をエッチング液で溶解する治具剥離槽11'」、「結晶缶1'と遠心分離機1a'」及び「濾液槽15'」は、それぞれ本件考案の「エッチング槽」、「硫酸銅回収装置」及び「中間槽」に該当する。

イ号物件の「濾液槽15'」及び「フレコンバック1c'」のうち、前者は右のとおり「中間槽」に該当するものであり、後者は回収した硫酸銅結晶の入れ物に過ぎないから、構成上特別の意味を持つものではなく、いずれも硫酸銅回収装置を構成するものではない。

(二) 右(一)を前提とすると、イ号物件の構成①ないし④は、次のとおり、本件考案の構成要件Aを充足する。

「エッチング液に溶解した銅を冷却晶析法により硫酸銅結晶として回収した(構成②)後、このエッチング液を再使用するために(構成④)、エッチング槽(構成①)と硫酸銅回収装置(構成②及び③)とを循環経路にて連結した(構成④)装置である。」

(三) 右(一)のとおり、イ号物件の「濾液槽15'」は本件考案の「中間槽」に該当するから、イ号物件の構成⑤は、本件考案の構成要件Bを充足する。

(四) 右(一)を前提とすると、イ号物件の構成⑥は、本件考案の構成要件Cを充足する。

(五) 以上のとおり、イ号物件の構成は、本件考案の構成要件をいずれも充足するから、イ号物件は本件考案の技術的範囲に属する。

(被告の主張)

(一) 本件考案の構成要件Aは、本件考案の前提条件たる公知技術であるところ、エッチング液に溶解した銅を回収した後に再使用するための装置として、実公昭六二─一五二三九号に記載された装置が知られていた。この装置は、「エッチング槽と硫酸銅回収装置とを循環経路で連結し、エッチング液を移送循環する装置」であるが、遠心分離機、濾液槽及びフレコンバックは含まれていない。

これに対して、イ号物件においては、硫酸銅結晶を回収するために不可欠な要素として、遠心分離機、濾液槽及びフレコンバックが含まれており、これらが硫酸銅回収装置を構成している。

したがって、イ号物件は本件考案の構成要件Aを充足しない。

(二) 本件考案においては、タンク1で過酸化水素、硫酸等を補給するから、再使用可能なエッチング液が返送される経路中に中間槽が設けられており、中間槽は、攪拌手段と加熱手段を有するのみである。

これに対して、イ号物件の濾液槽は、遠心分離機によって結晶と液体とに振り分けられた液体を回収し、エッチング液として再使用可能な状態にするために、過酸化水素、硫酸等を補給する役目を果たしているから、本件考案の中間漕とは、構造的にも機能的にも異なっている。

また、イ号物件における再使用可能なエッチング液の返送経路は、濾液槽の送出口から治具剥離槽までの間であるから、イ号物件の濾液槽は、再使用可能なエッチング液の返送経路にはない。

したがって、イ号物件の濾液槽は、本件考案の中間漕に該当せず、イ号物件は本件考案の構成要件Bを充足しない。

(三) イ号物件においては、濾液槽から治具剥離槽に至る部分の返送経路に保温手段が設けられている。

しかし、右(二)のとおり、濾液槽は中間槽に該当せず、治具剥離槽は治具表面のメッキ層を除去するための剥離槽であって、「プリント配線基板などの電気回路の基板エッチング処理」を行うエッチング槽ではないから、イ号物件は本件考案の構成要件Cを充足しない。

(四) 以上のようにイ号物件の構成は、いずれも本件考案の構成要件を充足しないから、イ号物件は本件考案の技術的範囲に属するものではない。

2  エッチング液の製造販売が本件実用新案権の侵害に当たるかどうか

(原告の主張)

被告は、イ号物件の銅剥離用のエッチング液として、過酸化水素、硫酸、安定剤等を混合した「PTH─900Mプロセス」及び安定剤「PTH─900M(R)」を、製造販売している。これらは、イ号物件に専用の薬剤で、他の物件に使用されるものではない。

右のエッチング液は、イ号物件を構成する要素であるから、その製造販売は、本件実用新案権の直接侵害となる。

仮に、直接侵害にならないとしても、右のエッチング液は、本件考案に係る物品の製造にのみ使用する物に当たるから、右エッチング液の製造販売は本件実用新案権の間接侵害となる。

(被告の主張)

被告が製造販売しているのは、硫酸や過酸化水素水ではなく、安定剤(PTH─900M)であり、安定剤は過酸化水素水の安定を目的とするものであるから、硫酸銅回収機能のない単なる治具剥離工程にも使用可能である。被告は、現在のメッキプラントの大多数である硫酸銅回収機能のない治具剥離工程用に、右安定剤を販売している。

安定剤は、イ号物件とは全く別のものであり、これをイ号物件の構成要素と考えることはできない。

したがって、右安定剤の製造販売が、本件実用新案権の直接侵害及び間接侵害となることはない。

3  権利濫用の抗弁

(被告の主張)

(一) 前記争いのない事実5及び6のとおり、本件仕様書が凸版印刷に渡されたことによって、本件考案は、出願前に公知になった。

また、原告は、本件実用新案登録の出願前に、本件考案の実施例と同一の硫酸銅回収装置を製造販売していた。

(二) したがって、本件実用新案登録は、無効とされるべきものであり、そのような実用新案権を行使することは権利の濫用である。

(原告の主張)

(一) 原告は、被告に対して、原告の硫酸銅剥離回収装置の技術を開示するに際して、原被告間で被告の秘密保持義務を定めた契約書を取り交わしている。

また、別件装置はプリント回路基板製造工場のメッキプラント内という、技術的秘密性の保持が高度に要求され、かつ薬品等の危険性を伴う場所に設置される設備である。

したがって、本件仕様書が被告から凸版印刷に渡されたからといって、本件考案が、出願前に公知になったということはできない。

(二) 原告が、本件実用新案登録の出願前に、本件考案の実施例と同一の硫酸銅回収装置を製造販売していた事実はない。

(三) したがって、被告の権利濫用の抗弁は認められない。

4  損害

(原告の主張)

(一) ファナック株式会社(以下「ファナック」という。)及び凸版印刷に対するプラントの販売

(1) 被告は、ファナック及び凸版印刷に対し、イ号物件を含むメッキプラントを納入しており(納期はそれぞれ平成二年八月及び同四年三月)、その販売価格は次のとおりである。

ファナック 四億四三七〇万円

凸版印刷 五億七〇〇〇万円

(2) 右プラント受注による被告の利益は、それぞれ次のとおりであるところ、第一次的には、これが、被告によるイ号物件の製造販売による利益である。

ファナック 一億一五四八万八〇〇〇円

凸版印刷 一億二四七〇万二〇〇〇円

(3) 仮に、右(2)の金額全体を被告によるイ号物件の製造販売による利益と考えることができないとしても、次の金額(七七八万五〇〇〇円及び一五〇九万四〇〇〇円)が、被告によるイ号物件の製造販売による利益である。

ア 右プラント及びイ号物件それぞれの原価は、次のとおりである。

ファナック プラント全体 三億二八二一万二〇〇〇円

イ号物件 二二一二万五〇〇〇円

凸版印刷 プラント全体 四億四五二九万八〇〇〇円

イ号物件 五三九〇万二〇〇〇円

イ 右プラントの受注販売による利益から、原価を基準に、イ号物件の利益を算定すると次のようになる。

ファナック 一億一五四八万八〇〇〇円÷三億二八二一万二〇〇〇円×二二一二万五〇〇〇円≒七七八万五〇〇〇円

凸版印刷 一億二四七〇万二〇〇〇円÷四億四五二九万八〇〇〇円×五三九〇万二〇〇〇円=一五〇九万四〇〇〇円

(二) イ号物件単体の販売

被告は、秋田日本電気株式会社(以下「秋田日本電気」という。)に対し、平成四年五月、イ号物件を納入しており、その販売価格及び原価からすると、右のイ号物件販売による利益は、次のとおり、一三九六万七六五〇円である。

七八八〇万八〇〇〇円(販売価格)-六四八四万〇三五〇円(原価)=一三九六万七六五〇円

(三) 日本シイエムケイ株式会社に対するプラントの販売

被告は、日本シイエムケイ株式会社(以下「シイエムケイ」という。)に対し、平成六年三月、イ号物件を含むメッキプラントを納入しているところ、右プラント全体の受注販売の収支は赤字となっている。しかし、イ号物件による利益は、単体の販売である右(二)の原価と利益の関係に比例すると考えられるから、シイエムケイへのイ号物件の販売による利益は、次のとおり、八六七万二〇〇〇円である。

一三九六万七六五〇円(右(二)による利益)÷六四八四万〇三五〇円(右(二)の原価)×四〇二六万円(シイエムケイのプラント中のイ号物件原価)=八六七万二〇〇〇円

(四) エッチング液

(1) 右(一)ないし(三)において、被告によって納入されたイ号物件の処理能力及び設置時期からすると、必要なエッチング液の量及び価格(単価一二〇〇円/リットル)は次のとおりである。

納入先     使用量     価格

ファナック 五六四九〇リットル 六七七八万八〇〇〇円

秋田日本電気 ○リットル 〇円

凸版印刷 八九一八〇リットル 一億〇七〇一万六〇〇〇円

シイエムケイ 二四〇〇〇リットル 二八八〇万円

合計二億〇三六〇万四〇〇〇円

(2) 被告のエッチング液製造販売による利益は、販売価格の五〇パーセントであると考えられるから、エッチング液の製造販売による被告の利益は、次のとおり、一億〇一八〇万二〇〇〇円である。

二億〇三六〇万四〇〇〇円×○.五=一億〇一八〇万二〇〇〇円

(五) 以上のとおり、被告によるイ号物件の製造販売による利益は少なくとも一億四七三二万〇六五〇円であり、これが本件実用新案権の侵害により原告が被った損害であるが、原告は、本訴において、右のうち一億円を請求する。

(被告の主張)

被告が、ファナック、凸版印刷及びシイエムケイにイ号物件を含むメッキプラントを販売したこと並びに秋田日本電気にイ号物件を販売したこと、これらの販売価格並びにプラント及びイ号物件の原価が、原告主張のとおりであることは認めるが、原告のその他の主張は争う。

イ号物件とプラントは独立した製品で不可分のものではないから、プラントの販売価格に基づいてイ号物件の製造販売による利益を算定することはできない。

原告主張の利益は粗利益であって、販売費及び一般管理費を控除した純利益が、被告の利益であるから、より低額となる。

イ号物件における本件考案の寄与率は一割程度である。

第三争点に対する判断

一  争点1について

1  証拠(甲一、五)によると、以下の事実が認められる。

(一) 本件実用新案登録の出願明細書(以下「本件明細書」という。)には、それぞれ次の項目に、次のとおりの記載がある(甲一。括弧内に本判決末尾に添付の別紙実用新案公報中の位置を記載する。)。

(1) 産業上の利用分野

「本考案は、プリント配線基板などの電気回路基板のエッチング処理において、エッチング液中に溶け込んだ銅を冷却晶析法によって硫酸銅結晶として回収した後、このエッチング液を再使用するためのエッチング液移送循環装置に関するものである。」(一欄二五行目から二欄四行目)

(2) 従来の技術

「エッチング液中の銅を残留過酸化水素水を分解することなく回収するには、このエッチング液を約20℃以下に冷却する冷却晶析法によって硫酸銅結晶として回収することが好ましく、またその後の液を銅濃度の低いエッチング液として再使用し易くするためには、例えば実公昭62─15239号公報に示されるような、エッチング槽と硫酸銅回収装置とを循環経路で連結し、エッチング液を移送循環する装置が利用されていた。」(二欄一五行目から二三行目)

(3) 作用

「本考案では、硫酸銅回収装置で余剰分の銅が回収され、エッチング槽へ返送されるエッチング液は、硫酸銅回収装置から流出して直ぐに中間槽に流入して均一に加熱され、この中間槽からエッチング槽に至る返送経路中では外気温の低下にも関係なく液温が保持され、液中に結晶の生成をみることなくエッチング槽へ返送することができ・・・」(三欄二三行目から二九行目)

(4) 実施例

「本考案の一実施例を図面を参照しながら説明すれば、1は硫酸銅回収装置のタンクで、・・・」(三欄三五行目から三六行目)

「11はエッチング槽で、このエッチング槽11とタンク1間は、エッチング槽11からポンプ12によってタンク1の内筒2内に至るエッチング液が流れる移送配管13と、タンク1からエッチング槽11に至る返送経路とで循環経路が形成されており、この返送経路はタンク1の上部の液の溢流口14とタンク1の近傍に設置された中間槽15とを連結する溢流管16と、中間槽15と、中間層15とエッチング槽11とを連結するポンプ17を持った返送配管18とで構成されている。」(四欄二行目から一二行目)

「しかして、エッチング槽11で使用され、余剰分の銅が溶け込んだ使用済みのエッチング液は、ポンプ12により移送配管13を経てタンク1に移送され、冷却機5から冷却ジャケット6に送給される冷却媒体によって冷却されると、液中に溶解している銅は硫酸銅結晶として晶析しタンク1の底部に沈降する。沈降した硫酸銅結晶は、硫酸銅出口7からスクリューコンベア9により運ばれて排出口10から系外へ排出される。

一方、余剰分の銅が硫酸銅として回収された後の液は、過酸化水素、硫酸等が補給されて溢流口14から溢流し、溢流管16を経て直ちに中間槽15へ導かれる。」(四欄二七行目から三九行目)

(5) 考案の効果

「以上述べたように本考案によれば、溶け込んだ余剰分の銅を硫酸銅結晶として回収して循環再使用するに際し、返送経路で生じ勝ちの外気温による液温低下等による結晶の生成を防止し、ポンプによる液の強制移送を円滑たらしめ、エッチング処理を効率的、経済的たらしめ、生産性を向上させることができるものである。」(五欄一六行目から六欄四行目)

(二) 右(一)(2)で従来の技術とされている実公昭六二─一五二三九号公報には「エッチング液における硫酸銅回収装置」として、攪拌手段、冷却装置、溶液流出口及び硫酸銅結晶出口を備えた密閉タンク並びに硫酸銅結晶出口に接続された、スクリューコンベア及びその駆動装置を備えた導出筒部によって構成される硫酸銅回収装置が開示されている。

2  前記第二(事案の概要)一(争いのない事実)(以下「前記争いのない事実」という。)1、2及び右1で認定した事実に基づいて本件考案の構成要件を解釈すると、次のようにいうことができる。

(一) エッチング槽

本件考案の実用新案登録請求の範囲中に「エッチング槽」を限定する記載は存在しないから、「エッチング槽」の用途には限定がなく、本件考案の「エッチング槽」は、「エッチング液により銅をエッチングし、硫酸銅として溶解する槽」を意味するものと認められる。

本件明細書には、右1(一)(1)の記載が存するが、そうであるからといって、実用新案登録請求の範囲に何ら限定のない「エッチング槽」を「プリント配線基板などの電気回路の基板エッチング処理」を行うものに限定して解釈することはできない。

(二) 硫酸銅回収装置

本件考案の実用新案登録請求の範囲中には、「硫酸銅回収装置」について、その構造等を限定する記載は存在しないから、本件考案の「硫酸銅回収装置」は、「銅の溶解したエッチング液から、硫酸銅結晶を分離除去して回収する装置」を意味し、これを特定の構造のものに限定して解することはできない。

本件明細書には、右1(一)(2)、(二)のとおり、従来技術として実公昭六二─一五二三九号公報の装置が記載されており、また、右1(一)(4)のとおり実施例の記載が存するが、本件考案の「硫酸銅回収装置」を、これらの従来技術や実施例のもののみに限定して解することはできない。

硫酸銅結晶を分離除去した後に収容するドラム缶等の容器が「硫酸銅回収装置」に含まれるかどうかは、本件考案の実用新案登録請求の範囲の記載のみでは一義的に明確でないが、右実施例においては、硫酸銅結晶をスクリューコンベアによって運んで排出口から排出した後は、「系外」であるとされているから、硫酸銅結晶を分離除去した後に収容するドラム缶等の容器は、本件考案の「硫酸銅回収装置」には含まれないと解される。

(三) 返送経路

本件考案における「返送経路」は、硫酸銅回収装置からエッチング槽に至る硫酸銅結晶を析出した後のエッチング液の経路のことであり、右「返送経路」は硫酸銅回収装置に含まれないということができる。

右1(一)(4)のとおり本件明細書に記載されている実施例においては、過酸化水素水、硫酸等は、硫酸銅回収装置であるタンク1で補給され、補給後の液が返送経路を通ってエッチング槽に送られるから、「返送経路」全体にわたって、再使用可能なエッチング液が送られることになる。しかし、本件考案の実用新案登録請求の範囲中には、「返送経路」全体にわたって、再使用可能なエッチング液が送られなければならないと解すべき記載はないから、右のような実施例の記載があるからといって、本件考案の「返送経路」は、その全体にわたって、再使用可能なエッチング液が送られなければならないと解することはできない。

(四) 中間槽

本件考案における「中間槽」は、硫酸銅回収装置からエッチング槽に至る返送経路中の硫酸銅回収装置の近傍に存し、加熱手段及び攪拌手段を備えたものであって、右「中間槽」は硫酸銅回収装置に含まれないということができる。

また、「中間槽」を、本件明細書の実施例記載のものに限定して解する理由はない。

3  本件考案とイ号物件との対比(一)

(一) 前記争いのない事実3、4によると、イ号物件の構成①の治具剥離槽11'は、その中にプリント基板銅メッキライン用の治具を浸漬し、該治具に析出している銅をエッチング液により溶解して硫酸銅液にするものであるから、右治具剥離槽は本件考案の「エッチング槽」に該当する。

(二) 前記争いのない事実3、4によると、イ号物件の構成②の結晶缶1'は、エッチング液に溶解した銅を冷却晶析法により硫酸銅結晶として晶析するものであるから、右結晶缶は、本件考案の「硫酸銅回収装置」の構成要素となる。

(三) 前記争いのない事実3、4によると、イ号物件の構成③の遠心分離機1a'は、硫酸銅結晶とエッチング液とを分離するものであるから、右(二)の結晶缶1'とともに、本件考案の「硫酸銅回収装置」を構成する。

(四) 証拠(甲三)及び前記争いのない事実3、4によると、イ号物件の構成③のフレコンバック1c'は、ドラム缶と代替可能なものであり、遠心分離された硫酸銅結晶とエッチング液のうち、硫酸銅結晶を収容するためのものであると認められる。

そうすると、フレコンバック1c'は、硫酸銅結晶を分離除去した後に収容する容器であるから、本件考案の「硫酸銅回収装置」には含まれないと解される。

(五) 前記争いのない事実3、4によると、イ号物件の濾液槽15'は、遠心分離された硫酸銅結晶とエッチング液のうち、エッチング液を回収するものである。硫酸銅結晶は、遠心分離器1a'から回収されていて、濾液槽15'が硫酸銅結晶の回収に関与することはない。

したがって、濾液槽15'は本件考案にいう「硫酸銅回収装置」を構成するものではない。

4  本件考案とイ号物件との対比(二)

(一) 右2及び3によると、イ号物件は、次のとおり、本件考案の構成要件Aを充足する。

「エッチング液に溶解した銅を冷却晶析法により硫酸銅結晶として回収した(構成②)後、このエッチング液を再使用するために(構成④)、エッチング槽(構成①)と硫酸銅回収装置(構成②及び③の遠心分離器)とを循環経路にて連結した(構成④)装置である。」

(二) 前記争いのない事実3、4及び右3によると、濾液槽15'は、右(一)の循環経路中の「硫酸銅回収装置」を構成する結晶缶1'及び遠心分離機1a'から「エッチング槽」たる治具剥離槽11'に至る経路中に、右結晶缶及び遠心分離機の近傍に設置され、加熱手段及び攪拌手段を備えていると認められる。

右2(三)のとおり、本件考案における「返送経路」は、硫酸銅回収装置からエッチング槽に至る硫酸銅結晶を析出した後のエッチング液の経路のことであり、「返送経路」全体にわたって、再使用可能なエッチング液が送られなければならないと解することはできないから、イ号物件における、循環経路中の「硫酸銅回収装置」を構成する結晶缶1'及び遠心分離機1a'から「エッチング槽」たる治具剥離槽11'に至る経路は、本件考案における「返送経路」に当たるものと認められる。

そうすると、イ号物件の濾液槽15'は、構成要件Bの「中間槽」に該当し、イ号物件は、本件考案の構成要件Bを充足する。

(三) 前記争いのない事実3、4及び右(二)によると、「中間槽」たる濾液槽15'から「エッチング槽」たる治具剥離槽11'に至る部分の「返送経路」に当たる返送配管18'には、保温手段が付設されているから、イ号物件は、本件考案の構成要件Cを充足する。

(四) 前記争いのない事実3、4によると、イ号物件は、エッチング液移送循環装置であると認められる。

5  右4のとおり、イ号物件の各構成は、本件考案の構成要件の全てを充足するから、イ号物件は、本件考案の技術的範囲に属すると認められる。

二  争点2について

1  証拠(甲三)によると、被告のパンフレットには、「PTH─900Mプロセス」という治具剥離剤が記載されていることが認められるが、それが、過酸化水素、硫酸、安定剤等を混合したものかどうかは、右証拠によるも明らかではなく、その他、「PTH─900Mプロセス」がどのようなものであるかを認めるに足りる証拠はない。そして、他に、被告が、過酸化水素、硫酸、安定剤等を混合したエッチング液を製造販売していることを認めるに足りる証拠はない。

証拠(甲三、一〇)と弁論の全趣旨によると、被告は、「PTH─900M(R)」、「PTH─900M(MU)」という名称の安定剤を製造販売しているものと認められる。

2  前記争いのない事実1、2及び右一1で認定した事実に弁論の全趣旨を総合すると、本件考案は、エッチング液移送循環装置に関する考案であること、本件考案に係る装置を運転するに際して、過酸化水素、硫酸、安定剤等を混合したものをエッチング液として用いること、以上の事実が認められる。

右事実によると、本件考案に係る物品は、装置であって、安定剤は、右装置に用いられるものであるものの、装置そのものではないから、それを製造販売する行為が、本件考案の実施に当たるということはできない。

したがって、イ号物件に用いる安定剤を製造販売する行為が、本件実用新案権の直接侵害となることはない。

3  弁論の全趣旨によると、硫酸銅回収装置をラインの一部として含まないメッキプラントが多く存するものと認められるところ、イ号物件に用いることができる安定剤を、イ号物件の硫酸銅回収装置をラインの一部として含まないメッキプラントにおいて使用することができないことを認めるに足りる証拠はないから、右安定剤は、イ号物件にのみ使用されるものとは認められない。

また、右安定剤は、イ号物件を運転するに際して使用されるものであって、装置であるイ号物件の「製造」に使用する物とは認められない。

したがって、イ号物件に用いる安定剤を製造販売する行為が、本件実用新案権の間接侵害となることもない。

三  争点3について

1  前記争いのない事実5及び6のとおり、被告が昭和六一年五月一五日に凸版印刷に対して渡した本件仕様書には、本件考案の構成要件全てを充足する別件装置の構成が記載されていたものである。

原告又は被告が、凸版印刷に本件仕様書を渡すに際して、凸版印刷との間で、第三者に本件仕様書に記載された内容を開示しないことを約したなど、凸版印刷が本件仕様書の不開示義務を負っていたことを示す証拠は存在しない。

証拠(甲六)によると、原告と被告が、凸版印刷に対する別件装置の販売に関して締結した契約には、「技術資料、図面、その他の技術情報は、秘密の保持に最大の注意を払い、これを第三者に洩らしてはならない。」との条項があったものと認められるが、この約定は、原告と被告の間のもので、その効力が発注者である凸版印刷に及ぶものではないから、右約定を根拠として、凸版印刷が本件仕様書の不開示義務を負っていたものと認めることはできない。

また、原告が主張するように、別件装置はプリント回路基板製造工場のメッキプラント内という、技術的秘密性の保持が高度に要求され、かつ薬品等の危険性を伴う場所に設置される設備であるとしても、そのことから直ちに凸版印刷が本件仕様書の不開示義務を負っていたものと認めることはできない。

そうすると、本件仕様書が凸版印刷に渡されたことによって、本件考案は、本件実用新案登録の出願前に日本国内において公然知られたものと認められるから、本件実用新案登録には無効事由が存するというべきである。

2  前記争いのない事実5のとおり、本件仕様書は、原告が被告に交付した図面をそのまま添付して作成されたものであるから、原告は、別件装置の構成が凸版印刷に開示されることを知っていたものと認められる。そうすると、原告は、自らの行為に起因して、本件考案が、本件実用新案登録の出願前に日本国内において公然知られたものとなったことを知りながら、本件実用新案登録出願をした上、その実用新案権を行使しているものということができる。

3  以上のとおり、本件実用新案登録については、無効事由が存する上、その事由は、原告の行為に起因して生じたもので、原告はその事由を認識していたものと認められるから、本件実用新案権に基づく差止め及び損害賠償の請求は権利の濫用として許されないものというほかない。

4  したがって、原告の請求はいずれも理由がない。

(裁判長裁判官 森義之 裁判官 榎戸道也 裁判官 杜下弘記)

〈以下省略〉

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